毎月変わる山水の献立は、西井と大山の打合せで決定される。新しい食材の活用法など、西井からのリクエストを受けながら大山は基本となる献立を考案する。一旦完成したレシピとともに大山は毎月泊まりがけで山水に訪れ、厨房で二人による試作と調整が行われる。
ブラウンのアーモンド焼き、小豆と栗のういろうなど山川の幸を盛った先付け。青竹や枯葉、稲穂などで飾りながら季節を伝える。
新鮮なブラウンを糸造りにして、紫蘇と梅胡麻で和えた造り。透明なガラス皿が、魚の生まれ育った清廉な川の水を表現する。
手づくりの菓子とアイスクリームに、季節のフルーツを合わせるデザート。内容は季節で変わるが、可愛いサイズで三種類が皿に乗る。
試作は、器選びから始まる。素朴な食材を「ご馳走」にするために、もともと西井は器や盛付けに関しても、関東の旅館の一等地である箱根で高級旅館の料理長を務めていた大山の経験と感覚を多いに取り入れたいと考えていた。専用倉庫に敷き詰められた膨大な種類の中から、女将を交えた三人で料理毎の一皿が順番に選ばれる。山水の料理で使われる器の種類は、他の旅館と比べても際立って多い。様々な彩りや形を持つ器は、食べる側の食欲や美意識に作用するが、料理づくりのモチベーションやイメージを高める役割も果たす。大型旅館であればまとまった個数か必要なのはもちろんのこと、収納しやすい形状であることや、割れにくい強度の高さなど様々な制限がある。だが僅か五室であり、西井が料理長兼オーナーである山水は違う。形状の面白さや彩りの美しさなど、本質的な魅力だけで器を選べるのである。
選ばれた器が厨房に並べられると次は調理だ。仕込みは大山から事前に送られたレシピを元に西井が済ませてあるので、この工程では盛付けの仕方とボリュームの調整が主な作業となる。盛付けは見た目の美しさや食べ易さを考慮し、何回も調整しながら決定される。土台となる食材の選定で立体感を出したり、仕上げの葉もので彩りをあしらうなど作業は実に細やかだ。互いに大柄な体躯の西井と大山の手から、次々と精緻な料理が生み出される様は、見ていて不思議な気分にさせられる。
料理のボリュームも、前後の皿との流れを考えながら調整されていく。食べ応えのあるメインの皿の前後は、さっぱりとした味付けや量を抑えた皿で繋ぐのは大山のこだわりだ。
精密な作業ではあるが二人の間の空気は極めて賑やかだ。調整する料理の変化に応じて、冗談を交えながら互いに意見をどんどん出し合っていく。料理の出来映えを高め合う彼ら独特の間合いは、信頼できる仕事仲間であると同時に、友人、兄弟で交わされる会話そのもののようにフランクだ。よき参謀であり理解者である大山の力を得ることで、西井は料理への想いを存分に追求して行ける。例えればそれは、名作と呼ばれる漫画の原作者と作画者の関係に近いのかもしれない。
高崎で修行後、家業のドライブインを継ぐ。2007年リニューアルの「茜彩庵 山水」の庵主兼料理長 〒370-1403 群馬県藤岡市保美濃山875 |