日本料理には独特の儚さがある。四季の食材で季節を感じることも理由の一つだが、板前が気を配った火加減、鋭い切り口、短時間しか持たない繊細な飾りの数々がそう訴えかけてくるのだ。群馬県・水上温泉の旅館「別亭 やえ野」の料理は、出てきた今こそが食べる時だと感じさせる説得力を持っている。艶やかな彩りと透明感あふれる美しい盛付け。食べ進むごとに運ばれる皿上には、料理人の美しい感性が溢れている。
2006年の開業以来、同宿の料理長を勤める作り手の名は「金川 進 かながわ すすむ」。そこには華やかな料理からは想像できない、朴訥で優しい面差しの板前がいた。
金川の作る料理の盛り付けの大きな特徴は、吟味して配色された料理と器の精緻な組み合わせだ。写真の「焼き霜造り」では、高級ニジマス「銀ひかり」の紅色と、水菜・アボカドの緑が皿の色味と一体となり、ラディッシュが可愛らしいアクセントとして添えられている。また、シャキッとした歯ごたえの水菜やラディッシュと、口の中でホロッと崩れる「銀ひかり」は食感的なバランスも考えられている。
「酢物」では、鮮やかな器のオレンジを映す透明な「葛水仙」に、白い「長芋」と紅白の「才巻き海老」がバランスよく盛りつけられ、その上にオクラと海苔の緑が器の縁のグリーンと連続する一文字に散らされている。トロリとした葛、シャキッとした長芋、柔らかな海老の身、歯ごたえと粘りのあるオクラが交わる食感と味が見事なのは言うまでもない。
「牛肉の朴葉焼き」は、一口大に切られた具材が味噌の上に可愛く並べられているのが特徴だ。食べやすさを考えてのものだが、味噌を付けすぎないことで具材の味を生かす工夫でもある。牛肉と具材はあらかじめ鉄板で焼いてあり、焼台は保温と味噌を香ばしく焼くためにある。彩りはアクセントのシシトウを除き全て茶系の食材だが、少しずつ異なる色目が変化を与えている。同じ茶系でも渋めの朴葉と鮮やかな焼き台の色目を見事に調和させている。
「すぐに食べてしまいたい」高まりと、「食べれば消えてしまう」儚さを持った料理たち。見た目の美しさと味わいが高い次元で両立したこれらの献立は、金川の手により毎月新しく変更されていく。
18歳で和食の道に進み、熱海のリゾートホテル副料理長を経て、2006年「別亭 やえ野」料理長就任 |