料理に力を入れる宿では、季節に応じた食材と調理方法を反映した「旬変わり」の献立をうたっている。それがさらに細分化した「月変わりの献立」となると献立内容の創意工夫や調理工程において、厨房の負担も大きなものとなっていく。結果、いくつかの皿は翌月にキャリーオーバーされながら、段階的に変化していくものである。誤解を招かないように説明したいが、品数の多い懐石料理の献立を毎月半分変更するとしてもその手間は小さくない。また毎月宿泊してくれる客自体も稀なため、それで充分以上なのだ。
食材の入る時期に応じるため月頭からとはならないが、金川は献立を毎月一新している。連泊客も多いため実際に考える献立は、一年で実に24種類にも及ぶ。
平成24年水無月の御品書より。冬瓜に切り込みを入れた蓮の葉と、愛らしい空豆の雨蛙が梅雨を伝える「南瓜饅頭」。汁の中に散らされる細かな冬瓜は雨粒を模している。
平成24年神無月の御品書より。「銀杏」や「栗」をはじめ、タレに漬け込んだ「大岩魚」や濃厚なクリームチーズの西京焼など、秋の味を盛り込んでいる。
ある年の10月の前菜の中の一つは「柿」を模した和風コロッケ。里芋に衣を付けて揚げた上に、本物の柿のヘタを載せた精巧な作りである。妙味ある姿形に感心していると、「先月は青い柿でしたよ」と金川の何気ない一言。パン粉に青のりを混ぜて渋柿を表現したと言う。9月と10月の季節の違いを下記の色で表すちょっとした遊び心に、再来する客の驚く笑顔が思い浮かぶようだった。
驚いたことに金川は、今まで「やえ野」では、全く同じ献立の料理は作っていないと言う。再び訪れる客のためにも、翌年はまた新しく12ヶ月分の献立を考えるのだと。
「高速道路を運転してるときに思いついたりするんですよ」さぞかし頭を悩ませるでしょうと聞いて事も無げに言うその言葉も、料理人としての力を感じさせてくれた。
18歳で和食の道に進み、熱海のリゾートホテル副料理長を経て、2006年「別亭 やえ野」料理長就任 |