時代の流れとともに客層は男性客から女性客へ、接待から旅そのものへと目的も変わった。吉池は「今のお客様」がしげの家に求めるものを頭に描きながら、食材に調理方法はもちろん器に至るまで先代の趣味から料理を変化させてきた。品数の多さでなく「思い出に残る一皿」、「また食べたい」と思ってもらえる料理を考え、メイン料理を「しげの家名物」と命名した。また、夕食の品数も二汁五菜で十分だと考えている。一つ一つの料理の中にも調理と盛付けは、自らが積み重ねた日本料理の基本「五色、五味、五感、五法」の約束ごとを考えて作っている。
また、一つひとつの食材に対しても、「走り・旬・名残」に合わせた調理方法がある。例えば色合いに優れる「走り」の食材は、ツマを合わせたり吸い物に使うなど見て楽しむ要素を重視する。「旬」の食材は、素材そのものの味を楽しんでもらうためにシンプルな調理と盛付けを与える。そして「名残」の食材には、味をつけることで変化を楽しんでもらう。今は敬遠されがちな「初鰹」なども、昔はよく食べていた食材としてお客さんに味わってもらいたいと言う。
吉池の料理に感じる要素の一つに、ツマの見事な「飾り切り」や、食材に丁寧に入れた「隠し包丁」がある。日本料理の持つ伝統と美意識を感じさせてくれる技術だが、あくまで年配客の食べ易さを考えてのことで、飾りのために多用しているつもりはないと呟く。
食材の仕入れは、長年の付き合いで信頼関係を築いた魚屋・八百屋に任せているが、山菜は自ら採りに行くこともある。信州という土地柄ゆえ珍しい食材は手に入らないが、美味しい野菜が手に入るので、ツマまで食べてもらえる努力をしている。
基本は地元産の野菜を使うが、質の良い物が県外に出荷される時は旬に合わせて産地を変えざるをえない。吉池は、地元産にこだわって鮮度の低い食材を使うよりも、その時期無理なく出会える食材で上手く料理しようと考えている。
「アレルギー」と「好き嫌い」の違いに悩むこともある。食べると重大な事態を招くアレルギーを回避することは料理人として当然の義務だ。しかし単なる好き嫌いであれば、駄目だと決めつけるのではなく、ぜひしげの家の味を試して欲しいと思っている。食に関わる仕事人だからこそ、食べる人にも食事とは殺生であり、食べ物の大切さを知って欲しいと願うのだ。
高山の日本料理店にて修行を重ね、1985年より故郷戸倉上山田温泉の宿「しげの家」料理長に就任 |