日本料理にはいくつかの基本となる考えがある。
「五色」白・黒(紫)・黄・赤・青(緑)… 料理や器に盆、添える葉や花の五つの色合い
「五味」甘い・塩辛い・酸っぱい・苦い・辛い … 献立全体のバランスを考えた五つの味覚
「五感」焼く・煮る・揚げる・蒸す・生(切る)… 会席料理の献立に含まれる五つの調理法
「五法」色合い・音・香り・温度・味 … 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五感のバランス
強い個性を持つ「しげの家」の料理においても吉池はあくまでもこの基本を大切にしている。
エビイモの芋茎(ずいき)である「白だつ」に、色鮮やかな「みぞれおろし」を添えた涼しげな「夏の先附」。日本料理における高級食材の一つ「白だつ」の上品な柔らかさ。胡瓜をすりおろし、パプリカ・人参・胡瓜の角切りを和えた「みぞれおろし」の歯触り。桂に剥いた胡瓜を巻き戻した「鳴門胡瓜」と「房トマト」のしゃっきりした歯応えに、出汁に浮かべた「じゅん菜」のとろみ。美しい色合いと様々な食感が存分に堪能できる一皿。
色合い、佇まいともに季節でまったく異なる表情を見せる「秋の先附」。丁寧に炊き上げた旬の「きのこ」をミキサーにかけ型に流し込んで作る「きのこ豆腐」に、食べ易いように酒蒸しにしたアワビをのせて秋らしい濃厚な味わいとしている。「そばつゆ」を使ったタレは、醤油や味噌だけを使うなどシンプルにアレンジする時もある。渋い色味と豊かな表情を持つ器と合わせることで、料理の持つ重厚な風格と軽妙な遊び心の対比もいっそう際立つ。
林檎・信州サーモン・アボガドを手製のドレッシングで和え、練り込んだ胡麻酢のソースをかけて中身をくりぬいた「柿」に盛りつけた膾(なます)。林檎のシャキシャキした歯応えに、サーモンやアボガドのねっとりとした食感が絡み合う。胡麻酢ソースのコクや柿の実の甘みが、林檎やドレッシングの酸味を程よく抑えている。料理にそえる「柿の葉」は、器では再現できない自然界の鮮やかさを表現するために苦労して自ら拾い集めている。
そのままだと見た目に地味な山菜だが、食用花の一種である「エディブルフラワー」を合わせると、椀の蓋を開けたときの美しい色合いに目を奪われる。山菜やかんぴょうなどの具材は、それぞれが丁寧に味付けされ、野趣溢れる歯応えとともに滋味深い味わいで舌を楽しませてくれる。会席料理の食事は本来、止椀と漬け物で白飯を食べるが、「吉池」はそれではつまらないと考え季節に応じて寿司や雑炊、炊き込みご飯など独自の工夫を凝らしている。
料理に対する吉池のこだわりは他にも数多くあるが、全てが時代に応じ食の指向を意識ながら、日本料理の伝統技法を巧みに調和させている。
高山の日本料理店にて修行を重ね、1985年より故郷戸倉上山田温泉の宿「しげの家」料理長に就任 |